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ラフマニノフは4曲のピアノ協奏曲を作曲しましたが、この第2番はその中でも最も有名であると同時に、ラフマニノフが作曲家として一躍世界的に知られるようになった出世作です。その屈指の美しさによって、最も人気のある協奏曲の一つとして、世界各地で演奏されています。また数多くの映画音楽やいろいろなジャンルにも編曲されています。
1892年にモスクワ音楽院を優秀な成績で卒業したラフマニノフは、作曲家として徐々に認められるようになっていました。このピアノ協奏曲第2番が完成する6年前にラフマニノフは交響曲第1番を作曲しています。しかしその初演では失敗作という評価を受けてしまいます。そのため私生活における問題もあいまって、ラフマニノフはショックを受け、すっかり自信を失い創作不能の状態となってしまいます。
その後作曲には手をそめずピアニストとしての活動を続けていましたが、従兄のジロティがロンドンで演奏したのが縁となり1899年にロンドン・フィルハーモニック協会の招きを受け、ピアノ協奏曲の作曲依頼を受けます。そして創作を開始しますが、再び強度の精神衰弱におそわれます。しかし、1900年に友人のすすめでニコライ・ダーリ博士の催眠療法を受け始めると回復に向かい、5月には全快してふたたび作曲が続けられるようになり、翌年には全曲が完成します。
初演は1901年10月27日、ラフマニノフ自身のピアノとジロティの指揮するモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団により行われました。初演は大成功で、彼は時の人として一躍脚光を浴び、名声とともに作曲家としての自信をも取り戻し、また意欲的に創作活動を再開します。そして、この曲はラフマニノフの自信の回復のためにあらゆる手を尽くしたニコライ・ダーリ博士に謝意を込め献呈されています。
第1楽章 モデラート ハ短調 2分の2拍子 自由なソナタ形式
技巧的なピアノとオーケストラの対比が特徴の楽章。冒頭は独奏ピアノが静かに遠くから聞こえてだんだんと近づいてくる鐘の響きのような和音で始まります。次第に強さを増すと、ピアノは華麗なアルペジオに変わり、弦楽合奏で力強いハ短調の第一主題が現れます。この第一主題がピアノに移り、つぎにヴィオラに導かれてピアノで第1主題とは対照的な甘くセンチメンタルな第2主題がたっぷりと歌われます。そのあと管楽器も登場して再びテンポが速くなり提示部を終え、展開部、再現部と続きます。
第2楽章 アダージォ・ソステヌート ホ長調 4分の3拍子 序奏つきの複合三部形式
ラフマニノフの真骨頂ともいえる抒情的な楽章。弱音器をつけた弦楽器に導かれるようにしてクラリネット、ファゴット、ホルンによる序奏で始まります。そして独奏ピアノの分散和音とともに、フルートとクラリネットが哀愁に溢れたメロディを歌います。中間部ではファゴットの高音とピアノとが美しく絡み合い、ピアノは次第に華麗になり、カデンツァ風の華やかな部分となります。
第3楽章 アレグロ・スケルツァンド ハ長調 2分の2拍子
歯切れの良いリズムと美しいメロディが際立つ楽章。行進曲風に始まり、スケルツォ風の動きのある第1主題が華麗に始まります。冒頭のリズムに戻った後、オーボエと弦楽器に哀愁を帯びた旋律が現れ、これをピアノが引き継いでいきます。この旋律は、映画音楽などによく使われているおなじみのものです。その後は激しい部分と甘い主題とが交替しながら自由に進んで行きます。終結部では、シンバルが大変効果的に使われています。そして、最後は「ラフマニノフ終止」と呼ばれる、「ジャンジャカジャン」で力強く終わります。
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